朝ドラ『風、薫る』の大家直美のモデルとなった鈴木雅には、実在の母親がいました。
名前や家柄について、史実からわかっていることをまとめます。
この記事では、
- 鈴木雅の母親の名前と人物像
- 鈴木雅の家族構成
- 母と鈴木雅の関わり
- ドラマ『風、薫る』での直美の生い立ちとの違い
鈴木雅の母親はどんな人?
まず、鈴木雅の母親について、わかっていることを見ていきましょう。
名前は加藤とよ
鈴木雅は旧姓を加藤といいます。
父は旗本の加藤信盛、母はトヨです。
鈴木雅は1858年2月9日(安政4年12月26日)、旗本・加藤信盛とその妻トヨの長女として江戸で生まれました。
資料によって「トヨ」「とよ」と表記が分かれますが、同じ人物を指しています。
夫は沼津出身の加藤信盛
母トヨの夫、つまり鈴木雅の父にあたるのが加藤信盛です。
静岡県士族で、沼津の出身と伝えられています。
信盛は戊辰戦争に幕府側で参戦し、鳥羽・伏見の戦いから各地を転戦。
最後は箱館の五稜郭に立てこもって戦ったそうです。
この戦いの中で、のちに雅の夫となる鈴木良光と知り合ったのかもしれない、という情報もあります。
史実の記録は少ない
母トヨ自身がどんな人だったのか、詳しく書かれた資料は見当たりませんでした。
鈴木雅本人の経歴や、夫・鈴木良光との結婚、看護婦としての活動を伝える資料は複数残っています。
ですが、母親個人を掘り下げた記録は、今のところ見つかっていません。
確認できるのは名前と続柄まで、というのが正直なところです。
鈴木雅の家族構成は?
母トヨを中心に、鈴木雅が生まれた家族構成を見ていきましょう。
妹テル・弟保太郎
加藤家では、雅が長女として生まれた後、妹・テルと弟・保太郎が誕生したと伝えられています。
武家出身の家柄
加藤家は旗本、つまり江戸幕府に仕える武士の家柄でした。
父信盛は戊辰戦争後、徳川家に従って静岡へ移り住み、静岡藩士になったと考えられます。
武家に生まれた雅は、幕末から明治への大きな時代の転換を、母トヨや妹弟とともに家族で経験したことになります。
鈴木雅と母の関わりは?
母トヨが雅の人生にどう関わったのか、時代背景から考えてみます。
幕末という時代背景
雅が10歳のとき、戊辰戦争が始まりました。
父信盛は幕府側で戦いに加わります。
母トヨは子どもたちを抱え、江戸、その後静岡での生活を支えたのでしょう。
武士の身分制度が崩れ、生活が大きく変わる中で、母として家族を支えていたのかもしれません。
母から受けた素養
雅はのちにフェリス女学校で英語を学び、キリスト教的な素養を身につけていきます。
武家の娘としての教育の土台がどこで培われたのかは、はっきりわかっていません。
武家の家庭で育った環境が、のちの学びにつながったのかもしれません。
「風、薫る」直美の生い立ち
史実の鈴木雅に対して、朝ドラ「風、薫る」での大家直美はどのように描かれているか見てみましょう。
ドラマのトヨは長屋の住人
『風、薫る』に登場した大家トヨ(演:松金よね子)は、直美が住む長屋の住人で、「直美の母親代わり」という役どころでしたね。
名前は同じですが、史実とドラマではまったくの別人です。
牧師・吉江善作に育てられた
ドラマの直美は、生後まもなく親に捨てられ、キリスト教の牧師・吉江善作(演:原田泰造)に育てられたという設定です。
史実の鈴木雅は実の両親のもとで育ち、旗本の家で妹弟とともに成長しました。
直美の生い立ちは、ドラマならではの大胆なアレンジといえそうです。
本当の母は?
「風、薫る」第16週は、直美が瑞穂屋で働く柳川文(演:内田慈)の髪飾りに、自分のお守りと同じ模様があることに気づいたところで終わりました。
ここから、柳川文が実の母親では、と疑い始める展開が予告されています。
直美の本当の母が誰なのか、今後の放送に注目ですね。
まとめ
以上、鈴木雅の母親についてご紹介しました。
史実の鈴木雅は、旗本・加藤信盛と妻トヨのもとに生まれ、妹テル、弟保太郎とともに育ちました。
母トヨ自身の人物像を伝える史料は少ないものの、武家の家庭で育った背景が、のちの雅の歩みにつながっていったのかもしれません。
一方、ドラマ『風、薫る』の直美は、生い立ちから大きくアレンジされたオリジナルストーリーとして描かれています。
直美の本当の母が誰なのか、今後の放送でも目が離せません。
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