織田信長の三男・織田信孝は、天正11年(1583年)にわずか26歳で自害しました。
その最期は壮絶で、辞世の句には秀吉への「呪い」とも取れる言葉が残されています。
この記事では、
- 織田信孝が自害に追い込まれた経緯と死因
- 辞世の句に込められた秀吉への恨み
- 切腹の際に残されたという掛け軸の血痕伝説
- 大河ドラマ「豊臣兄弟!」で信孝を演じる俳優と三笘薫選手との関係
織田信孝の最期と死因
織田信孝は、織田信長の三男です。
本能寺の変の後、織田家の後継者争いに敗れ、非業の最期を迎えました。
ここでは、織田信孝がどのような経緯で自害に至ったのか、詳しく見ていきましょう。
自害の理由はなぜ?
天正10年(1582年)の本能寺の変後、織田信孝は羽柴秀吉と共に山崎の戦いで明智光秀を討ちました。
当初、織田信孝と羽柴秀吉は協力関係にありました。
しかし清洲会議を経て、織田家の主導権を巡る対立が表面化します。
織田信孝は柴田勝家と結び、羽柴秀吉に対抗。
天正11年(1583年)、賤ヶ岳の戦いで柴田勝家が羽柴秀吉に敗北します。
この敗北により、織田信孝の立場は一気に悪化しました。
羽柴秀吉方の軍勢に岐阜城を包囲され、織田信孝はついに降伏します。
降伏後、兄・織田信雄の命によって自害へと追い込まれました。
野間の悲劇
織田信孝が自害した場所は、尾張国知多郡野間(現在の愛知県知多郡美浜町)にある安養院です。
享年26でした。
自害の日付については史料により差があり、天正11年4月29日、あるいは5月2日、5月7日とする説も見られます。
正確な日付は確定していません。
野間の地は、平安時代末期に源義朝が家臣・長田忠致の裏切りによって命を落とした場所としても知られています。
織田信孝は、この因縁の地で最期を迎えることになりました。
織田信孝の辞世の句の呪いとは?
織田信孝は、自害の際に辞世の句を残しました。
実は、織田信孝の辞世には2つの伝承があります。
秀吉への怒りか?
『天正記』に記された辞世は、次の句です。
たらちねの 名をばくださじ 梓弓 いなばの山の露と消ゆとも
母の名を汚さないという、静かな覚悟が感じられる句です。
一方、『太閤記』や『勢州軍記』などに伝わるのは次の句です。
昔より 主を内海の 野間なれば 報いを待てや 羽柴筑前
織田信孝は、羽柴秀吉によって生母や娘を殺害されたとされ、羽柴秀吉を天下の逆臣とみなしていたと伝わります。
この句には、秀吉への強い怒りが滲んでいます。
信孝の執念
「報いを待てや 羽柴筑前」という一節は、単なる恨み言ではありません。
野間は、かつて源義朝が家臣・長田忠致の裏切りによって非業の死を遂げた場所です。
そして長田忠致自身も、後に非業の死を遂げたと伝わっています。
織田信孝は、自らが最期を迎える野間の因縁になぞらえ、「羽柴秀吉にもいずれ同じ報いが来る」という執念を句に込めたとされています。
ただし、この辞世については、後世に秀吉の評判を落とすために創作されたのではないかという説も根強く存在。
史実として断定はできず、あくまで諸説のひとつとして捉える必要がありますね。
織田信孝の最期|掛け軸に残る血痕
織田信孝の最期には、切腹の壮絶さを物語るエピソードも残されています。
ここでは、安養院に伝わる掛け軸のエピソードを紹介します。
腸を投げた逸話
織田信孝は切腹の際、自ら掻き切った腹から腸を掴み出し、床の間に掛けてあった掛け軸に投げつけたと伝わっています。
この逸話は、織田信孝の無念と怒りの深さを象徴するものとして語り継がれてきました。
ただし、医学的な見地からは、切腹直後の人間がそのような行動を取ることは不可能だとする指摘も…。
墨梅の謎とは?
言い伝えによると、織田信孝が腸を投げつけたのは、床の間に飾られていた「墨梅」の掛け軸だったとされています。
この掛け軸には、今なお血の跡とされる痕跡が残っているとのこと。
安養院には、織田信孝が自害に使用したという短刀と、血痕の残る掛け軸が伝来しています。
ただし、これらの品は一般公開されておらず、詳細な調査記録も限られています。
真偽のほどは定かではなく、あくまで寺に伝わる伝承として受け止めるのがよいでしょう。
豊臣兄弟!織田信孝役は三笘薫の兄
織田信孝は、2026年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」にも登場して、話題を集めていますね。
演じる俳優は結木滉星
大河ドラマ「豊臣兄弟!」で織田信孝を演じているのは、俳優の結木滉星(ゆうきこうせい)さんです。
◤ ◥#スーパー戦隊50周年
応援コメント[伊藤あさひ&結木滉星]
◣ ◢伊藤あさひ(いとう・あさひ)
快盗戦隊 #ルパンレンジャー
【ルパンレッド/夜野魁利】役結木滉星(ゆうき・こうせい)
警察戦隊 #パトレンジャー
【パトレン1号/朝加圭一郎】役 pic.twitter.com/hJchIhQRru— スーパー戦隊オフィシャル (@sentai_official) May 18, 2025
結木滉星さんは1994年生まれ。
スーパー戦隊シリーズ「快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー」でパトレン1号・朝加圭一郎役を演じ、ドラマ初主演を飾りました。
その後も「風間公親-教場0-」など、数々の作品に出演を重ねています。
舞台や映画でも活躍する実力派俳優です。
三笘薫の兄が挑戦
結木滉星さんは、サッカー日本代表として世界で活躍する三笘薫選手の実の兄です。
三笘薫選手とは3歳差の兄弟にあたります。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」への出演が発表されると、ネット上では驚きの声が多く上がりました。
「兄弟なの知らなかった」
「目元が似てる」
七光りではなく、俳優としての実績を積み重ねてきた結木滉星さん。
織田信孝の壮絶な最期をどのように演じるのか注目されています。
まとめ
以上、織田信孝の最期と死因、辞世の句に込められた秀吉への恨み、そして掛け軸に残る血痕の言い伝えについてご紹介しました。
織田信孝の壮絶な最期は、戦国時代の権力争いの厳しさを物語っています。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、結木滉星さんが演じる織田信孝の最期がどのように描かれるのか、放送が楽しみです。
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