黒田官兵衛は、豊臣秀吉を支えた天才軍師です。竹中半兵衛と並び「両兵衛」と称されました。しかし、官兵衛の子孫については、あまり知られていません。
この記事では、
- 現在の黒田家当主
- 黒田長高氏の人物像
- 官兵衛直系の血統が途絶えた経緯
- 黒田家と皇族・華族とのつながり
についてご紹介します。
黒田官兵衛の子孫の現在は?
黒田家は、福岡藩の藩主家として続いてきました。現在の当主は、どのような人物でしょうか。
現在の当主は黒田長高氏
黒田家の現在の当主は、16代の黒田長高氏です。
1952年、東京都港区で生まれました。父は黒田長久氏。その次男です。長兄もいましたが、病弱でした。家督は長高氏が継いでいます。
学歴は、
1971年に明治学院高等学校を卒業。
1975年に明治学院大学を卒業しました。
黒田長政を初代と数えると、16代目の当主です。
学業を終えた長高氏は、実業家としての道を歩みます。
藩邸跡地で不動産業を営む
大学卒業後、長高氏はタイヤ販売会社や不動産会社に勤務しました。
そして1983年、不動産会社「如水興産」を設立。社長に就任しています。
社名は、藩祖・黒田如水(官兵衛の法名)にちなんだものです。
事業の中心は、東京都港区。かつて福岡藩の藩邸があった土地です。黒田家ゆかりの地で、事業を展開しています。
実業家としての顔を持つ長高氏。旧領・福岡県との縁も忘れていませんね。
福岡領内との深い交流
長高氏は「黒田奨学会」の総裁を務めています。旧福岡藩士の子孫らによる顕彰団体「藤香会」の名誉顧問も担っています。
2003年には、福岡市の「博多どんたく港まつり」に参加しました。
黒田家の子孫として博多松囃子一行の訪問を受けるのは、132年ぶりのこと。旧領との交流は、今も続いています。
黒田官兵衛の家系図と断絶の危機
ここで黒田官兵衛から始まる黒田家の家系図をみてみましょう
長高氏は16代目の当主です。しかし官兵衛直系の血筋は、江戸時代に一度途絶えています。

初代藩主・黒田長政の血統
福岡藩の初代藩主は、官兵衛の長男・黒田長政です。
長政の跡は、忠之、光之、綱政、宣政と続きました。
しかし5代藩主・宣政には、跡を継ぐ男子がいませんでした。長政から続く血統は、ここで一度途切れます。
血統断絶の危機に、黒田家はどう対応したのでしょうか。
一橋徳川家からの養子
宣政の跡を継いだのは、6代藩主・継高です。継高は、長政の血を引く最後の藩主でした。
しかし継高の実子も、相次いで早世します。
黒田家は、御三卿の一橋徳川家から養子を迎えました。7代藩主・治之です。
これにより、官兵衛・長政の男系の血統は、完全に途絶えました。
養子による継承は、その後も続きます。
藤堂家から迎えた最後の藩主
7代治之の後も、黒田家は養子を重ねました。福岡藩最後の藩主・12代黒田長知も、養子です。
長知は1839年、伊勢国津藩主・藤堂高猷の子として生まれました。
1848年、11代藩主・黒田斉溥の養子となります。
藤堂家は、戦国武将・藤堂高虎を藩祖とする家柄です。長知以降は、養子を迎えることなく、現代まで男系で続いています。
黒田家の子孫の現在と皇族・華族との関連人物
明治以降、黒田家は華族として存続しました。皇族との縁も生まれています。
15代長礼と16代長久の功績
長知の長男は、黒田長成です。1878年、12歳で家督を相続しました。
貴族院副議長や枢密顧問官を歴任した人物です。
長成の長男が、黒田長礼。長礼は東京帝国大学で動物学を学びました。
日本で初めて鳥類学の博士号を取得した人物です。「日本鳥学の父」と称されています。
長礼の長男・黒田長久も、鳥類学者です。
山階鳥類研究所の所長を務めました。父子二代にわたり、鳥類学に貢献しています。
長礼・長久父子の功績は、鳥類学だけではありません。
明治以降の黒田長和と長幹
黒田長和は、長知の四男です。長成の異母弟にあたります。
1896年、断絶していた黒田直方家を再興する形で分家。男爵に叙せられました。貴族院議員も務めています。
一方、福岡藩の支藩・秋月藩を立てた黒田長興の系統も続いています。
秋月黒田家15代当主の黒田長幹氏は、秋月博物館の名誉館長です。
本家とは別系統ながら、官兵衛・長政の血を引く家系として、現代まで続いています。
こうした華族としての歩みの中、黒田家は皇室とも縁を結びます。
黒田家と皇族のつながり
黒田家と皇族の縁は、長礼の結婚で生まれました。
長礼の妻は、閑院宮載仁親王の第二王女・茂子女王です。
これにより、長礼の子・長久は、皇族と血縁関係を持つことになりました。長久は、明仁上皇とはとこの関係にあたるとされています。
皇族とのつながりを持つ黒田家。現在の当主・長高氏の家族にも触れておきましょう。
黒田長高氏の妻と娘の歩み
長高氏の妻は由佳子さんです。杉浦文治氏の娘にあたります。夫婦の間には、娘・絢子さんが一人います。
絢子さんの夫は、黒田裕大さんです。山形県出身。東京都東久留米市にある学校法人自由学園で、数学科の教諭を務めています。
家系は、娘夫婦を通じて次の世代へとつながっています。
まとめ:黒田官兵衛の子孫は、形を変えながら現代まで続く
黒田官兵衛直系の血統は、江戸時代に一度途絶えました。
それでも黒田家は、養子を重ねながら現代まで存続しています。
現在の当主・黒田長高氏は、不動産業を営みながら、旧領・福岡県との交流を続ける人物です。
長礼・長久父子の代には、皇族との縁も生まれました。
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」には、若き黒田官兵衛が登場していますね。子孫のその後の歩みを知っておくと、ドラマの見方も少し変わるかもしれません。
豊臣兄弟!第24話のタイトルは「軍師官兵衛!」。いよいよ表に出てきそうで楽しみですね!
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