2025年のNHK大河ドラマ『べらぼう』第29話に登場する黄表紙『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』。
蔦屋重三郎が“笑い”を届けるために生み出したこの一冊は、江戸時代の出版文化の中でもひときわ異彩を放つ作品です。
この記事では、
- 『江戸生艶気樺焼』とはどんな作品?
- 作者「山東京伝」とは?
- 『べらぼう』での描かれ方と重三郎の思い
についてご紹介します。
江戸生艶気樺焼とはどんな内容?
江戸時代の庶民に大人気だった「黄表紙」。
その中でも特に異彩を放った作品が『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』です。
本作は、"モテたい"という欲望に翻弄される男・艶二郎を主人公に、恋愛でも色事でもなく「浮き名を流す」ことだけを目指して奔走する、風刺とユーモアの詰まった一冊。
ここではそのあらすじや登場人物の面白さ、そして当時の読者にウケた理由など、作品の魅力を詳しくご紹介します。
見栄っ張りな男・艶二郎が主人公!黄表紙ならではの痛快キャラ
『江戸生艶気樺焼』の主人公は、色男として評判になりたい見栄っ張りの若旦那・艶二郎。
艶二郎は恋がしたいのではなく、「艶二郎はモテているらしい」という噂を立てることが生きがい。
吉原の遊女たちと知り合いになるために、自腹を切って20〜30人の名前を“間夫(あいびと)”として登録させるというトンデモ行動に出ます。
この“モテたい男”の奮闘ぶりが、まさに江戸庶民の笑いのツボ。本人は本気でも、まわりから見るとただの必死な滑稽男。そのギャップが魅力となり、読者の心をつかんで離しません。
江戸時代の“恋愛ごっこ”が舞台!浮き名を求める狂騒劇
舞台は華やかな吉原遊郭。
艶二郎はそこで、“浮き名”という名前の遊女に狙いを定めます。目的はただひとつ、「浮き名の間夫になった」と噂されること。艶二郎はついに彼女に「間夫にしてほしい」と懇願しますが、あっさり断られます。
それでも諦めない艶二郎は、「駆け落ちしたと噂になればいい」と、今度はわざとらしく梯子をかけて彼女を連れ出し、見世の者全員に見送られながら劇的な別れの演出をします。
この“恋愛ごっこ”の狂騒が、江戸時代の恋と見栄のからくりをコミカルに描き出しています。
顔も中身もイマイチ?でもなぜか憎めない艶二郎
作品の挿絵には、艶二郎の特徴的な顔が描かれています。
三白眼で、どこか魚のような印象。色男を気取ってはいるものの、どうにも頼りなく、見る者に“情けなさ”と“愛嬌”を同時に感じさせるビジュアルです。
そんな風貌に加え、振る舞いも言動もズレていて、「なんでそこに本気出す!?」と突っ込みたくなる行動の連続。
けれど、その一生懸命さがどこか共感を呼び、読者は気づけば艶二郎の応援団になっているのです。時代が変わっても、「ちょっとダサいけど愛される人」は不滅のキャラクターですね。
江戸の人々にウケた理由は“ずらし”と“笑いの間”
なぜこの黄表紙が、当時大ヒットしたのでしょうか?
その答えは、江戸っ子の笑いのセンスにあります。真面目なようでちょっとズレてる、愛されたいのに空回り、そんな“ずらし”が読者の想像をくすぐります。
さらに、セリフのテンポや展開の緩急も巧みで、笑わせどころの“間”が絶妙。
黄表紙というジャンルが持つ「軽さ」と「鋭さ」のバランスが見事に表現されており、「バカバカしいけど面白い」と声を上げた江戸の庶民たちが目に浮かぶようですね。
スポンサーリンク
『江戸生艶気樺焼』の作者は誰?江戸の人気戯作者・山東京伝(北尾政演)
『江戸生艶気樺焼』は、江戸後期に活躍した戯作者・山東京伝(さんとう きょうでん)による黄表紙作品です。挿絵は、浮世絵師としての画号・北尾政演(きたお まさのぶ)名義で描かれており、文章と絵をひとりで手がけた“才人”ならではの仕上がりとなっています。
江戸庶民の笑いと風刺を描いた山東京伝
山東京伝は、黄表紙や洒落本を中心に人気を博した戯作者で、当時の庶民文化を風刺とユーモアで彩ってきた人物です。
『江戸生艶気樺焼』に登場する艶二郎のような“滑稽でどこか憎めない”キャラクター造形は、京伝作品に多く見られるスタイル。
見栄っ張りで妄想癖のある人物に読者は笑い、そして自分自身を重ねていったのです。
黄表紙から洒落本まで幅広く活躍
京伝は黄表紙だけでなく、洒落本『通言総籬(つうげんそうまがき)』や『古契三娼(こけいさんしょう)』なども手がけ、遊里や町人の風俗を巧みに描き出しました。
その作風は、“品のある下世話”とも評され、当時の知識人にも庶民にも支持されました。
『江戸生艶気樺焼』は、そうした京伝の持ち味がもっとも軽快に表現された一冊。
『べらぼう』での描かれ方がどんな風になるのか楽しみですね!
スポンサーリンク
江戸生艶気樺焼は『べらぼう』ではどう描かれる?
さて、NHK大河ドラマ『べらぼう』第29話では、『江戸生艶気樺焼』がただの出版物ではなく、人の心を動かす“武器”として描かれます。
蔦屋重三郎が仕掛けたのは、刀ではなく黄表紙での仇討ち。笑いで人を救うという、前代未聞のストーリーが展開されます。
(ネタバレも含みますのでご注意ください)
誰袖の心を動かすために生まれた黄表紙
物語の発端は、意知を失った花魁・誰袖の深い悲しみ。
重三郎は、彼女を再び笑わせるために黄表紙をつくる決意をします。
当初、題材にしようとしたのは、意知の仇・佐野政言。しかし「気の毒な人物では笑えない」という現実に気づき、方向転換。思いきって“真逆の男”を主人公にした物語を構想し始めます。
そして生まれたのが、見栄と妄想に生きる若旦那・艶二郎でした。
「その絵、ちょいと佐野様に似てますよね?」
べらぼう第29話の注目ポイントのひとつが、鶴屋喜右衛門のこの一言。
黄表紙のキャラクターデザインを見た鶴屋が「佐野様に似てる」とつぶやく場面は、笑いを誘いつつもどこかリアル。
確かに、あの情けなくも憎めない艶二郎の顔と、佐野政言を演じた矢本悠馬さんの風貌には、どこか通じるものがあります。
もしかすると、この“似ている感”こそが、佐野政言役に矢本悠馬さんがキャスティングされた理由のひとつ?かもしれません。見た目と役柄の絶妙な一致が、フィクションと現実を思わぬ形でつないでくれていますね。
戯作者たちの共同作業で生まれた“江戸の笑い”
北尾政演、恋川春町、大田南畝らが蔦屋に集い、艶二郎のキャラやストーリーの骨格を一緒に練り上げていく場面も見どころのひとつです。
吉原を舞台に“浮き名”を追いかける艶二郎の笑撃ストーリーが、少しずつかたちになっていきます。
それぞれの視点がぶつかり合いながらも、やがて方向性が定まり、政演の筆によって物語は完成へ。文化が生まれる“現場の熱”を感じられるシーンです。
笑って涙して——黄表紙が果たした“仇討ち”
完成した『江戸生艶気樺焼』を誰袖に読み聞かせる重三郎。
艶二郎の浮き名騒動に、ついに誰袖が声を上げて笑い出す場面は、静かな感動に包まれます。呪いと悲しみに囚われていた心が、笑いによって少しずつ解かれていく——それが重三郎にとっての“仇討ち”だったのです。
ラストに舞う、季節外れの桜の花びら。それが、意知からの“許し”のように感じられた瞬間、この物語は単なるフィクションではなく、“文化で人を救う”というテーマを力強く浮かび上がらせます。
⇒ べらぼう第29話
以上、今回は『江戸生艶気樺焼』の内容と魅力、そしてNHK大河ドラマ『べらぼう』第29話での描かれ方についてご紹介しました。
艶二郎というユニークな主人公を通して、江戸時代の人々が笑いに求めたもの、そして“見栄”や“浮き名”といった人間らしい欲望が、いかに軽妙洒脱に描かれていたかがよくわかります。
そしてその物語が、重三郎の“仇討ち”として再構築され、誰袖の心を動かす道具となる——そんな展開もまた、『べらぼう』らしい文化ドラマの魅力でした。
笑いには、痛みを和らげ、人の心をほぐす力がある。そんなメッセージが詰まった一冊として、今あらためて『江戸生艶気樺焼』に触れてみたくなりますね。
こちらもCHECK